大阪で、ぼけ封じ・納骨・祈祷のお寺

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2011年2月15日

供養のかたち

今年の節分は暖かく過ごしやすい一日でした。とはいいつつも、この文章を書いている時は大阪で何年かぶりの積雪で、寒い一日となっております。ブログの更新をする頃には少し暖かくなっているそうですが・・・皆さんも体調には十分お気をつけ下さい

さて、私自身この数日どのような事をブログに書こうかと考えておりましたが、普段口に出してお話していることを、いざ文章にしようと考えますと、これが中々難しいものです。

真面目すぎると読む気にもなれませんし、かといってあまりに砕けすぎてお坊さんの話から脱線するのも、、、どうかな?(あくまで持論ですが・・・)と考え試行錯誤しておりました。

 そんな時ふと思ったのが、今のこの私の状態を文章におこして書こうと考えたわけです。言葉を文章にして書くことも、言葉を喋ることも大事なことだと考えたからです。

言葉というのはコミュニケーションをとる方法のひとつです。気分を善くしたり、気分を悪くしたりと様々な言葉があるわけです。やはり「言霊」という言葉もありますから、言葉には魂がこもっています。

 ですからみなさんも人にしゃべるときと同じで、仏様に語りかけていくことを心がけてみてはいかがでしょう?

まず、一日のはじまりとして、朝起きて、の簡単な身支度をした後お仏壇に向かって下さい。その時は、お仏壇にお供えしているお水、お茶の方はお茶、お花の水を替えて下さい。その後お仏壇の前に座り、お線香、おろうそくに火を灯して、仏様に朝ですから『おはよう!!』と元気よく挨拶して下さい。続けて何でもよいので一言、言ってみるとよいと思います。

今までお経を習慣として唱えておられた方はお経を唱え終わられた後に挨拶や一言を言いましょう。夜も同じように挨拶や一言、今日一日の出来事など語りかけてみてください。

 やはり言葉というのは私たちにとってかけがえのないもので、人の気持ちは言葉を声に出す事で解ります。仏様も同じで、「心に思っているから大丈夫」では伝わりにくいのではないでしょうか?声に出していうことこれが大事なのであり、今現在、核家族化の進んでいる今の世の中には大事なことだと私は考えます。言葉を声に出して発することが人と人との繋がりを作っていくわけです。

 すべての事柄においてもまずは簡単なところからはじめる、今まで硬く考えていたことから、肩の荷を降ろして色々なものに触れていってみてください。供養事、仏様の事も難しく考えず何気ない気持ちで触れていって下さい。

 供養事を難しく考えすぎて、みなさんが苦痛に思ってしまっては仏様も喜ばれないでしょう。供養だからこうだ、仏様だからこうだ、だからしなければいけない、ではなく自分の生活の一部であると考え供養させていただく、と考えて頂きたいです。どうぞ皆様も難しく考えないでください。

来月のブログ更新の頃は春のお彼岸が近くなり暖かくなっていることと思います。どうぞ皆様におかれましてはお体をご自愛いただきますよう心よりお祈り申し上げます。

合掌