大阪で、ぼけ封じ・納骨・祈祷のお寺

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2011年5月8日

四人の妻

 仏典に次のような話が載っている。四人の妻を持った男が旅に出る事になった。かなりの遠出である。そこで彼は四人の妻に同行を頼んだ。だが第一夫人にはすぐに断られた。 彼はこの第一夫人をすごく愛していた。暑さ寒さにつけ、又、ちょっとした病気にもすぐに医者にみせ、薬も与え入院もさせた。にもかかわらず同行を断られた。 そこで彼は第二夫人を誘った。彼はこの第二夫人を守るため、辛い仕事にも耐え、恥も見栄も外聞も、他人との付き合いも捨てて愛したのに、この夫人にも同行を断られた。 次に彼は第三夫人を誘った。この第三夫人は時々思い出した時だけ、又その付き合いの中で仕方なく愛した程度であったが、彼女は村はずれ迄お送りしますとの返事をしてくれた。 最後に第四夫人、この第四夫人には彼はあまり見向きもしなかったが、彼女だけが彼に懸命に仕えてきた。その第四夫人だけが「喜んでお供をします」と言ってくれたのである。

 そう、もうおわかりのように、男は死出の旅に出ようとしているのである。 第一夫人は彼の身体。 第二夫人は財産。 第三夫人は友人、親類、彼女らは墓送り迄はしてくれる。 そして第四夫人は彼の心である。我々はこの四人の妻の愛し方を間違ってはいないだろうか。

 つまり、無理をしないで自分の気持ち(第四夫人)を大切にして生きている人が質の高い生き方をしているのである。第二夫人をもちながら心の落ち着かない人もいる。彼女を守る為に真の第三夫人を失う者もいる。うわべだけの第三夫人との付き合いでノイローゼになる者もいる。

 所詮我々は第四夫人とだけしか旅に出れないのである。