大阪で、納骨・祈祷のお寺

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2013年9月17日

仏教思想への招待

 最近の気象に皆さんも感じておられるでしょうが、何かが変わってきたと。立ち止まってじっくり考える事が、許されぬめまぐるしい変化の、管理社会。追い立てられ、煽られる社会に否が上にも生きざる負えない、私達が居るように思います。少々、ネガティブすぎる、前置きになりました。

 今、時代は何も見えていないのかもしれません。生きるというのはどういうことなのか、何の為に生きるのか、その答えが見つからないままいる様に思います。かつての価値観が崩壊し、未だ新しい価値観が定まらない、その意味での閉塞状況にあって、今、人が生きることの意味を切実に尋ねているように思います。

 この時代がそうあるだけでなく、もとより仏教は、人は無明の闇路を歩いていると説いてきました。もし私達が今、二重の意味で何も見えていないとするならば、ここは心静に、先人達が深く人生を問うた、その跡を辿ってみては如何でしょうか。

 幸、東洋には仏教という変革期ごとに、時代の価値を創造してきた哲学があります。それは現代の知の批判にも耐え、時代を超えて変わらない真理を伝えています。

 このような時代にこそ、仏教思想は顧みられるべきでしょう。

 生きることは「苦しみ」と喝破した釈尊の言説。 死から逆に照射して、ますます輝く生の充実感。

 あなたを勇気ずけ、癒し、鼓舞する、珠玉の言葉の連なりが、きっと見つかると思います。これから、いい季節になります。最初は難しいと思いますが、是非とも、一度開いてみてください。