大阪で、納骨・祈祷のお寺

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  • 真言宗 不動寺

2013年5月4日

アベノミクスの効果か、円安株高になり、輸出関連の企業では、ボーナスも満額回答がでている。又、別の職種では給料も上がったりしている。うらやましい限りである。百貨店では、高額の商品、特に宝石や貴金属も、よく売れているらしい。

すでに、大人の日本人女性の宝石・貴金属の保有率は90%を超え、平均保有率も七個を超えているいう調査結果がある。人間の欲望はきりがない。

宝石、貴金属、ブランド品、高価な化粧品、テレビの通信販売でも買えば買う程、持てば持つ程、欲しくなるものである。

宝石・貴金属を全く持っていない人より、少しでも持っている人の方が購入意欲が高いようである。物に限らず精神面でも、相手に対する、欲求はキリがないようである。仏教ではこれを渇愛とよんでいる。好きになればなる程、もっと強い愛情を相手に求めてそのジレンマに悩むのである。これを防ぐには仏教の教え、少欲知足しかない。無制限な欲望をもたず、足る事を知らねば、常にその渇いた愛のために精神を犠牲にしてしまう。

 


2013年3月15日

 東日本大震災から二年が経ち、原発も含めたこの国の向かうべき方向に、新たな局面が展開される春の訪れである。厳しかったこの冬だが、ここの処の暖かさに、身の回りの草花も確実にその変化を感じ取っている様である。

 三月も半ばを過ぎ、もうしばらくすると昼夜の長さがほぼ同じになる春分の日が来る。その日を挟んで前後三日間の一週間を彼岸といい,日頃の慌ただしさを少しうっちゃり先祖の霊に向き合い、想いを馳せる日にしたいものだ。

 彼岸は「到彼岸」という言葉に由来し、インドの文語体であるサンスクリットの「パラーミター」を漢訳したもので、迷いのない悟りの境地を意味する。それに対し、我々が生きている煩悩に満ちたこちらの世界を此岸といい、こちらからあちらへ日々努力する事を到彼岸という。やがて彼岸を死後の安らかな世界である浄土と捉える様になり、この風習が定着していったようである。これはまた太陽の動きと関係があり、極楽浄土は西の方向にあると考えられ、沈み行く太陽を見て浄土を想い描き、江戸中期以降に「仏教でいうところの六波羅密の修行」という事で七日間とされ、おおいに普及していったらしい。大阪の四天王寺界隈は、その昔夕日を拝む人々で賑わったらしい。

 「暑さ寒さも彼岸まで」と言われる様に、此の時期は季節の変わり目。太陽と先祖に収穫を感謝し、豊作を祈るという意味合いにおいて、他の国になく、我が国独自の風習で、農耕文化に根ざし、太陽信仰とも密接に結びついたからこそ、広く定着していったと思われる。

 この時期、心しずかに祈りたいものである。

                                                                


2013年2月5日

 残寒の候、大聖寺、不動寺両檀信徒様に於かれましてはご健勝にてお過ごしの事と心よりお喜び申し上げます。

 

 さて先日、2月3日に星まつり大法要を不動寺本堂にて執り行いました。日曜日ということでたくさんの方に御参詣いただき僧侶一同、心より厚く御礼申し上げます。

 今回祈願いたしましたお札、お守り等で御座いますが、お札は神棚、もしくは粗末にならないところにお祀り頂きますようお願い致します。毎日目に付くところでもいいですね!!お札を見て自分の祈願したことを毎日の目標としていただくとありがたいです。

 お守りは肌身離さずお持ち下さい。今回携帯電話祈願というものを始めさせて頂きました。携帯電話はほとんどの方がお持ちになっておられると思います。携帯電話より新しくご縁を頂き、また守り本尊とする、という意味が御座います。

 星まつりだけではなく常時祈願をお受けいたしますので、携帯を新規購入された方、また機種変更をされた方、新しくご縁を授かりたい方はお寺までご連絡下さい。詳しく説明させていただきます。

 寒い日が続き、インフルエンザも流行っているそうですので皆さんもお体には十分お気をつけください。

 


2013年1月23日

平成25年となり、新年を迎え松の内も過ぎ新たな気持ちで皆様は日々を過ごしていると思います。

 

早いもので、2月3日の節分星まつりが近づいてまいりました。この星まつりでは、皆様の現世利益を祈願致します。それぞれが身体健全・家内安全・厄除開運(厄難消除)といった願い事を当山御本尊様の不動明王様をはじめ諸仏諸菩薩様に祈願し今年1年無事に過ごせる様に当山の星まつりに参加してみてはいかがでしょうか、少しでも多くの方々の御参加を心より御待ちいたしております。  合掌

 

※日時 平成25年2月3日 午後2時   3時頃法話 終わり次第、餅まきを行います。                                  


2012年12月22日

今年の日本は、ロンドンオリンピックで盛り上がり、衆議院選挙で締めくくった一年であった。

ロンドンオリンピックでは、メダルを獲得した競技から、日本人の特異性が感じられた。以下、そう思った理由二点と、その競技をピック・アップする。
1、団体競技が多い(男子体操団体、男子競泳リレー、男子フェンシング団体、女子卓球団体、女子サッカー、女子アーチェリー団体、女子競泳リレー、女子バレーボール)。
2、家族で同じ競技をしている選手が多い(以下、報道などで、把握している選手を列挙)。[体操・内村選手(父母)、加藤選手(父)、レスリング・小原選手(妹・夫)、伊調選手(姉)、吉田選手(父)、重量挙げ・三宅選手(父)、フェンシング・太田選手(父)、卓球・石川選手(母)、福原選手(母)、アーチェリー・早川選手(姉)、柔道・上野選手(姉)、ハンマー投げ・室伏選手(父)など]
以上のことから、日本人が世界の大舞台で活躍するためには、仲間や家族との絆が大きな原動力になるのではないか。
これは、一般的に言われる、日本人が農耕民族であり、共同体の中で生きてきたことに起因すると、私は単純に考えた。

次に、衆議院選挙だが、政党とは、本来、政治哲学が同じ者同士が集まっているはずである。今回、多くの政党が乱立しているのは異常ではないか(政治哲学がそんなにたくさんあるのか)と思い、以下、橘玲著「(日本人)かっこにっぽんじん」を参考に考えたことを述べていこうと思う。
ちなみに、私は、葬儀や供養の意義は、ご先祖、家族、親族、地域社会との絆・つながり・ご縁を深めるところにあると考えているのだが、これは、政治哲学に当てはめれば、共同体主義=保守派ということになるようだ。
これに対して、個人主義を推し進める政治哲学として、日本でも、ここ数年もてはやされているのが、新自由主義である。その根拠は、アメリカの経済学者M・フリードマンによる。その思想は、民主国家が債務の膨張を止めることが出来ない為に、福祉国家という体制が行き詰まり、先進国の共通の病理になっていることに処方箋を与える(北欧の福祉国家は、人口の少ない寒冷地で、住民が一ヵ所(首都)に固まって住んでいて、資源に恵まれている国でしか、成功しないこと示している)。要は、市場原理(競争原理)と民営化を武器に行政改革を行ない、小さな政府を目指すのである。

新自由主義は、小さな政府を目指すがゆえに、国家の枠組みを超えたボーダーレスな世界を目指していると言える。だから、日本人が、新自由主義の社会(自己責任の社会とも言える)を目指すならば、まずは、外国語を習得することが必須条件になるだろう。世界に飛び出して行っても生きていける実力を持ち、また、移民を受け入れて、移民とコミュニケーションを取れるようにもならなければならない。
日本人が、こうしたグローバルな人間に生まれ変われれば、オリンピックで個人種目のメダルを増やせるかもしれない。グローバルな世界で、国ごとにメダルの数を競う意味があるのかという疑問も出てくるが・・・。

別に付け加えると、新自由主義は、格差拡大による福祉・教育・犯罪などの社会不安さえも、新たな市場として市場経済に組み込もうとするために、根本的な批判が困難な思想であり、討論(ディベート)で相手を論破したり、取り込んだりするには、強力な武器になる。その痛快さ、分かり易さゆえ、大衆の支持を受けやすい思想であるとも言える。

私が考える日本人のための仏教(葬儀や供養)の存在価値は、共同体主義的な枠組みに収まってしまうのだが、新自由主義の社会でも、仏教の存在理由は別に出てくると考えられる。
というのも、M・フリードマンの考えでは、新自由主義の社会保障というのは、民間の保険会社に任される一方で、社会的弱者の生活は国家ではなく地域の共同体によって、税金ではなく寄付とボランティアで支えられるという。アメリカはキリスト教による寄付文化が根付いているが故に、こうした社会保障が実現する可能性もあるが、日本では、仏教の教義(煩悩=私利私欲からの脱却や利他・布施の精神など)を根付かせるしかないと思うからだ。